2020年8月5日訪問。
4日の夜遅くに長崎入りし、翌日さっそく用事を済ませた後、長崎の地名の発祥地である岬の先端付近へと向かった。この先端付近はかつては長崎奉行所の西役所があった場所で、岬から降りた場所には大波止場があり、岬の先端の沖には歴史の教科書にも載っている出島があった。現在は海が埋め立てられてしまった為、事前知識が無いとさっぱりわからない状態である。
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大波止場跡 |
"大波止"の地名が残る交差点の近くに波止場跡の石碑が立っており、そこに説明板もあった。説明板の絵図によればどうやら今の交差点の付近は船着き場だったようだ。
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西役所から大波止場に降りる坂 |
石碑のある場所から丘の上に登る坂はかつては大波止場と西役所を繋ぐ坂で、当時の絵図を見る限りではかつては階段だったようだ。
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当時の絵図 |
西役所跡の看板に当時の絵図が載っており、右下の波止場と階段の上にある役所の建物の様子がよくわかる。
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西役所跡 |
訪れた時は西役所跡は発掘調査中で、周辺をフェンスで囲まれており内部の様子はわからなかった。なお、発掘調査前は長崎県庁の庁舎の一つがここにあったようで、江戸時代から引き続き役所地として利用されていた場所というのが興味深い。
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石垣 |
周囲を散策した結果、現状からは西役所跡の遺構は確認不可能かと思ったが、岬の先端部にある石垣の下段部分は当時の石垣のように見える。絵図にも石垣が描かれているが、この写真の場所を描いた絵図は無いため、実際のところは何時の時代のものかわからない。