2018年6月21日木曜日

2018年の花見旅:浜館(由利本荘市)

2018年4月21日訪城。

4月後半に入ってからは桜前線も北東北まで上がってしまった為、日本海側の秋田と山形の県境付近へと出かけた。この付近には以前から来たかった桜の穴場があると聞いていたからである。

最初に向かった先は由利本荘市の西目町海岸部の丘陵地帯にある浜館で、13年ほど由里氏の居城だった場所である。中世の城としてかなり短命であるが、今はここが地元の桜の名所となっている。

浜館公園東口
浜館公園のある丘陵には、西側の国道からアクセスするか、東側の西目町内陸部からアクセスするかのおおまかに2択になるが、とりあえず距離感を図りたかったので東側から登ったが、こちらは地元の人間じゃないと判り辛そうなルートだった。公園の東口が見えてからはここから城址内部に入ったが、説明板はちょうどこのあたりにあった。


曲輪群
城址は公園化されているが、曲輪の大半は草木に埋もれており、桜の木が植えられているので恐らく昔は草も刈られていたのではと思われる部分もある。桜は恐らくすべてソメイヨシノでここも例に漏れず天狗巣病の症状が出ている木々が多かった。


主郭
頂上部の主郭はベンチ等もあってちゃんと整備されており、中央付近に由里氏の子孫が書いた石碑が建てられている。削平地だということ以外に遺構は見られないが、眺めはそこそこ良かった。


桜と風車と鳥海山
主郭からは満開の桜越しに鳥海山が見え、風車などもあってなかなか絵になる景色であった。

郭跡
桜の木は主郭よりも少し西側に降りた部分の郭跡近辺が綺麗で、ここはちょうど鞍部になっているため、海風も防げて花見には良さそうな場所だった。


館跡西側
浜館公園西側まで行くと削平具合が甘く、ここらへんは城址に含まれるかかなり怪しくなる。ただ、日本海側と西の崖下の街道を監視する見張り台程度の役目はあったと思われる。現在はその眺めが良い場所に、海難事故の供養と防止を願った観音像が建てられている。


急斜面
丘陵の西側はかなりの急斜面でこちら側は自然のままでも十分要害である。眼下には集落や海岸が見えてなかなかの絶景だった。


浜館公園南部
公園の南部まで行くと東屋があり、ここからだと本丸よりも風車がかなり近く見える。ここから下に降りた場所に駐車場があり、駐車場からさらに南に降りていくと国道に出る。駐車場にはトイレもあるが、この時はトイレの水が出ず、公園内のどこにも手を洗える場所が無かった。

2018年6月17日日曜日

2018年の花見旅:岩切城(宮城県仙台市・利府町)

2018年4月14日訪城。

秋保温泉に一泊した翌日は仙台市の泉区側に移動し、桜の名所で名高い岩切城を目指して移動した。岩切城は留守氏の詰めの城で、1351年の「観応の擾乱」では尊氏派の畠山氏と留守氏が籠城して直義派の吉良氏に攻め落とされている。

「県民の森」の山道
今回はとりあえず鶴ヶ丘ニュータウンへと移動してそこから「県民の森」へと入り、そこから山道を通って岩切城を目指した。県民の森の山道は緩やかな登り道で、特に難所は無く、軽いハイキングコースだった。


山桜
山の中には所々に山桜が咲いており、ソメイヨシノと比べると地味ではあるがどこも満開で綺麗だった。


岩切城西曲輪入口
30分ほど歩いた末にようやく岩切城の入口に着いたが、正確には城の西曲輪のさらに西出丸の先端部である。


堀切
城は山の尾根の上を平坦にした曲輪を複数設けて築かれており、一部の郭間には堀切が設けられていた。


曲輪群
曲輪群自体は尾根上に階段状に展開しており、曲輪には今はソメイヨシノが植えられており、ちょうど満開で綺麗だった。強いて言えば天候が曇っているのが残念だった。


本丸
西曲輪の最高所の高森山の山頂部が本丸で、ここも桜が綺麗で花見客もそこそこ多く、なるべく写真に写らないように撮るのに苦労した。山頂だけあってそこそこ眺めも絶景だった。


西曲輪群から見た東曲輪
東曲輪も西曲輪同様に満開の桜で頂上部が覆われているため、西曲輪から谷越しに見た東曲輪の景色も絶景だった。


西曲輪と東曲輪間の堀切
西曲輪と東曲輪の間は細い尾根だけで繋がっており、その尾根には堀切が設けられて画像の箇所で分断されていた。東西どちらかの曲輪が陥落してもここを抑えればなんとか守れる構造である。


東曲輪
東曲輪は西曲輪よりも広い曲輪で構築されており、恐らく御殿に相当する建物があったのだろう。こちら側も桜が満開で綺麗だったが、西曲輪と違って花見客は少なかった。


土塁?
西曲輪の本丸ではこれといったものを見かけなかったが、東曲輪では土塁や説明板といった城跡らしいものが見られた。


東曲輪大手門跡
東曲輪からは東の麓へ山道が伸びており、その途中に大手門跡があった。画像では判り辛いが、山道側は崩されていたものの道を遮断するように土塁と空堀がハッキリ残っていた。


旧道跡?
現在の山道はあきらかに車を通すために後から造られたもので、当時の山道と思われるものが道の脇に残っていた。恐らく堀底道のようなものだったのだろう。


東の登山口
山道を降っていくとやがて民家と畑が見えてきて画像の箇所に着いた。標柱があるおかげで城跡の入口だと判るが、これが無いと気づかない可能性がある。なお、麓にたどり着いた時点で雨が降り出した為、今回の旅はここで切り上げとなった。

2018年6月9日土曜日

2018年の花見旅:湯元小屋館跡公園(宮城県仙台市)

2018年4月13日訪城。

楯山城から下山後、今夜の宿がある秋湯温泉側へと移動したが、ここはちょうど秋保氏の領地の東端にあたる。温泉街西側に南北から山が迫って名取川沿いの平地が狭くなっている場所がその場所で、そこの南側の山の崖の上に秋保摂津守が築いた湯元小屋館という城跡がある。当時の秋保温泉は佐藤家の湯宿だけがあった小さな集落だったようなので、何かあった時は湯元小屋に退避していたのだろう。伊達政宗が仙台にやってきて戦の無い江戸時代になると岩沼屋や水戸屋なども秋保に湯宿を構え、一気に温泉街へと発展していったようだ。

湯元小屋館跡公園
以前は「天守閣自然公園」という名前だったと思うが、いつのまにか「湯元小屋館跡公園」という名前に変わっていた。ここは植物庭園やキャンプ場、レストラン等などが一体になった施設で、画像の場所は植物庭園の入口である。


駐車場の桜の木
入口の前の駐車場には立派な桜の木があり、ちょうど満開で綺麗だった。恐らくソメイヨシノだと思う。

岩抱榧
庭園内部は源兵衛森と呼ばれる山の麓にあり、山から崩れた巨石が園内にゴロゴロしていた。面白いのはその岩から木が生えており、画像の木には「岩抱榧」と名前が付けられていた。

庭園の池
庭園の真ん中には池があり、中島があって小舟が浮かべられている等風流な眺めになっていた。


水芭蕉
園内は桜の他にも水芭蕉などがちょうど花を咲かせており、水芭蕉越しに桜が見えるなかなか珍しい光景だった。


湯元小屋跡
庭園の東側に行くと「湯元小屋館跡」の解説板があり、この解説板の背後の崖の上が城跡である。崖の上は平場になっており、今も沸き続ける水の手があるようだが、残念ながら崖の上に行く道は関係者以外通行禁止で確認出来なかった。


足湯
園内には足湯から園内を眺められる場所もあったが、残念ながら閉園時間が間近だったため利用していない。これは温泉街の植物園らしくてなかなか良いと思った。


稲田
園内で一番意外だったのは稲田もあることで、植物園や庭園で稲田を見たのはここが初めてだった。4月の田植え前なのでまだ水すら張ってないが、秋には面白い景色が見れそうだ。


枝垂桜と水仙
春の定番と言えばやはり桜と水仙で、園内では枝垂れ桜のあるあたりがなんとも春っぽくて良かった。時間的に夕方のため全体的に画像が暗くなってしまったので、次に来る機会があれば明るいうちに訪れたいところ。

2018年6月4日月曜日

2018年の花見旅:楯山城(宮城県仙台市)

2018年4月13日訪城。

長館跡散策後、名取川を挟んで対岸に聳える楯山城へと向かった。楯山城は秋保氏の詰めの城で、13世紀頃に秋保基盛によって築かれた山城である。城の麓の登山口には登山用の砂利の駐車場もあり、説明板もあって一応整備された史跡である。なお、昨今至る所で見るようになった獣除けのバリケードが例に漏れずここにもあった。

楯山城遠景
長館跡から見た楯山城は綺麗な三角形をしており、見た目通り山の斜面は急で大変だったが、山道は歩きやすかった。


山麓の桜
山の東の麓には民家が数件あり、集落と言うより別荘地のような感じだった。そのあたりにも綺麗に咲いている桜がいくつかあり、画像の枝垂桜なんかはなかなか綺麗だった。


山道
登山道は恐らく見た感じでは東の1か所のみで、そこから山頂までひたすら九十九折の道を登っていくことになった。


動物の糞
こんな急斜面の道ではあるが途中に動物の糞だまりがあり、ここを縄張りにしてローテーションしている動物がいるようである。形状とサイズ的には狸だろうか。


山頂付近
山頂付近で急に開けた平場に出るが、ここが城の中心部で、画像の標柱が立っているあたりが虎口である。画像の後ろの平場は城内で最も広い空間で二の郭にあたる。


二の郭の桜
この二の郭には桜が十数本ほど植えられており、風当りが強いせいか全体的に花の数は少なかった。なお、画像の背後に映っているピークが山頂で主郭。


主郭
山頂の主郭も平場になっているが、二の郭の1/4ほどの広さしかなく今は祠が置かれている。もしかすると当時も城の守り神を祀っていた場所かもしれない。


山頂からの眺め
山頂からは正確には木々が邪魔で絶景とは言えないが、山頂のやや北側腰郭に木々が開けた場所があり、そこからの眺めは絶景だった。なお、二の郭からも東方が良く見えて絶景だった。

2018年6月2日土曜日

2018年の花見旅:長館(宮城県仙台市)

2018年4月13日訪城。

信州から帰った1週間後、奥州の桜も本番を迎えていたので、宮城県の仙台市の秋保へと向かった。花見が目的ではあるものの、この時は温泉での保養も兼ねていた。

まず、向かった先は長館跡で秋保一帯の国人領主で後に伊達家の家臣となった秋保氏の居館跡である。秋保氏は平時はここで暮らしており、戦が起こった時は川の対岸の楯山城へと立て籠もった。


長館跡の看板
館跡は今は住宅地や畑になっているが、看板や説明版がちゃんと設置されている。この看板の所にある八重の花の桜が綺麗だったが、少し垂れていたので枝垂桜だろうか。


四の郭の土塁と外堀
看板のある場所は外堀の跡で、館跡の外堀はほとんど埋まっている為、この箇所だけ辛うじて確認出来る。左奥に見えるのは四の郭の土塁。


三の郭の土塁と虎口跡
長館は舌状台地に築かれた連郭式の城のため、奥に進むと仕切のような郭間の土塁と、道が折れ曲がった虎口の跡が確認出来る。


二の郭の虎口付近
二の郭の箇所でも道が折れ曲がってここが虎口で郭の境界だということが良くわかる。この先に進めばやがて主郭にたどり着くが、主郭跡は以前確認して民家と畑であるのは見ており、住宅地に長居はしたくなかったので今回はパスした。


二の郭の土塁と堀跡
二の郭の土塁の外で道は分岐して一方は折れて主郭跡へ続いているが、もう一方は土塁の外の堀跡を通って川の方へと下っている。下った先には橋があり、その先は楯山へと続いている。


川の対岸から見た主郭
画像は川に架かる橋から主郭跡を見た様子。郭の周囲は針葉樹で囲まれているが、以前主郭跡を訪れた時は大きな銀杏の木も1本あった。


長館跡付近のソメイヨシノ
館跡の桜は民家の庭先で非常に撮り辛かった為、館跡外側の道路沿いの桜並木を撮った。なお、ここから少し離れた場所にはかなり立派な枝垂桜もあって綺麗だった。

2018年5月28日月曜日

2018年の花見旅:龍岡城(長野県佐久市)

2018年4月9日訪城。

谷戸城を散策した後は八ヶ岳山麓から再び長野県へと入り、今度は佐久方面へと移動した。目的地は臼田の山あいにある龍岡城である。

龍岡城は幕末に松平乗謨によって築かれた西洋式の城郭で、その形は星型で、日本に二つしかない五稜郭の一つである。ちなみに函館五稜郭の1/5くらいのサイズらしい。

五稜郭公園
龍岡城を訪れるのは数年ぶりで2回目になるが、城址の隣に前回は無かった「五稜郭公園」やが出来ていた。画像奥の芝生は判り辛いが上から見ると五稜郭と同じ模様になっているという。

水堀と桜
龍岡城自体は今は小学校になっているが、堀に沿って桜が植えられており、ソメイヨシノはピークを過ぎていたが、高遠コヒガンザクラが満開で綺麗だった。画像左が高遠コヒガンザクラで、右がソメイヨシノ。


大手門跡
龍岡城は五稜郭なのでそれぞれ5つの方向に城門があったが、北東が大手門跡だったようである。今も北東と北西の城門跡が学校の入口になっている。南東にも城門跡があるが、こちらは工事の為閉鎖されていた。


であいの館付近の桜
大手門跡の外側には「であいの館」というちょっとした資料館のような観光施設があるが、場所柄観光客が沢山来るわけではない様で、地元の方々のお茶会場のようになっていた。なお、この館の外にある桜(画像右側)はベニヤマザクラらしく、この時はまだ五分咲き程度だった。

招魂社
大手門跡から城内に入ると小学校の敷地ではあるが、入ってすぐ右には招魂社が祀られていた。幕末の戊辰戦争の戦死者を祀った神社らしく、その後の日露戦争等の戦死者も祀られている為、神社の種類としては護国神社に近い系統である。


御台所櫓
龍岡城は土塁と堀と石垣がよく残っているが、建物としては御台所櫓だけが城内に残っている。廃城後にほとんどの建物は払い下げられたが、台所櫓は倉庫として、後に学校の校舎として再利用されたという。