2023年4月18日火曜日

お花見旅行:津山城下町の城東地区と出雲街道(岡山県津山市)

2023年3月31日散策

津山城を散策後、城下町へも繰り出して城東地区へと向かった。

東大番所跡
城東地区への入り口の宮川橋の袂には東大番所跡があり、出雲街道を往来して外町から内町に入る人々をここで監視していたようだ。大番所は今でいうところの警察署みたいなものである。

宮川橋
宮川は津山城の外堀の役割も果たしており、この川に架かっている橋を渡って東に行くと城下町の外町である城東地区となる。なお、元々の橋はもう少し上流にあったが、津山城が築かれた時に今の位置に架け替えられたようだ。

重要伝統的建造物群保存地区
城東地区の入り口には重要伝統的建造物群保存地区の石碑が立っており、文字通り出雲街道沿いの町が保存地区に指定されている。

鍵の手
橋を渡ってすぐに城下町特有の鍵の手があって道は大きくクランクする。なお、この付近は橋本町と呼ばれており、画像の正面左に町の説明板がある。

旧苅田家住宅(重要文化財)
城東地区を通る出雲街道を進んでいくと歴史を感じさせる建物が両脇に点在しており、なかなか見ごたえのある城下町っぷりだった。画像の正面あたりの建物が恐らく旧苅田家住宅で重要文化財に指定されている。それっぽい建物が多くて正直散策している時は判別付かなかった。

作州城東屋敷
しばらく街道を進むと作州城東屋敷と呼ばれる資料館を兼ねた屋敷が見えてくるが、残念ながらここは休業中のようだった。画像に見える火事の時に鐘を叩いて鳴らす火の見櫓がなんとも印象的だった。

小さな鍵の手
城東地区の中間付近まで行くと、ここにも小さな鍵の手があった。中之町と新町の境界がここのようなので、新町が出来る前は元々はここが城下町の東端だったのだろう。

箕作阮甫旧宅(国史跡)
新町を街道沿いにしばらく進むと津山藩の蘭学者である箕作阮甫(みつくりがんぽ)の邸宅跡があったが、ここも商家のつくりで風景に馴染んでいるため危うく見落とすとこだった。阮甫は元々は町医者だったようだが藩医に取り立てられ、藩主の御供で江戸に行ってから学者として才を発揮し、外国語の翻訳などでも活躍したようだ。なお、ここの裏の方に阮甫に纏わる展示がある「津山洋学資料館」があるが、閉館時間付近だったので残念ながら立ち寄らなかった。

城東むかし町家(旧梶村邸)
阮甫の旧宅から少し進んだ場所には町屋の資料館である「城東むかし町家」もあったが、こちらも閉館時間のため立ち寄れなかった。なお、内部は庭園などもあって街道側から見た景色よりも立派なようである。

東端の鍵の手
しばらく進むと再び鍵の手にさしかかるが、ここが城下町の東端の鍵の手になるようである。ここの鍵の手には名前が付けられており、「荒神曲」と呼ばれていたそうだ。

城下町の東端部
城下町としての範囲は画像のあたりが東端部で、画像より少し手前の水路あたりが恐らく境界だったのだろう。この先はかつては「東松原」と呼ばれる村で、城下町に隣接する町端在分と呼ばれる地域だった。