2017年7月16日訪城。
7月15日は仙台から前谷地まで鉄道で移動し、そこからBRTで気仙沼まで移動して到着した頃にはすっかり夜だった。次の日は朝からBRTで陸前高田方面へと出かけた。気仙沼の旧鹿折唐桑駅前付近も大分建物が増えて変わっていたが、陸前高田の方は旧市街の中心部の嵩上げがある程度終わっていて、人造の台地の上に新たにショッピングモールが出来ていた。
今回向かった先は以前、蛇ヶ崎城を散策した後に向かおうとして海岸の道が通行止めで諦めた米ヶ崎城へのリトライである。米ヶ崎城は広田湾に山から突き出た丘陵が岬になっている場所で、気仙郡で大乱を起こしたことで名高い葛西氏家臣の浜田広綱の居城跡である。
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岬の中ほどから主郭方面を見る |
岬の基部に堀があってそこから岬の先端までが城跡だというが、現状は岬の北側半分ほどは住宅地になっている。画像は住宅地が途切れた所の浜から主郭方面を見た様子。
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郭跡 |
住宅地の中は舗装されているが、城跡中心部に向かう道は山道に近い感じの道で、この先にある畑や神社へと続いているが、道を外れた場所にある郭跡は藪化していて平場だと辛うじてわかる程度だった。
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二の郭跡と枯死した松 |
二の郭跡は現在畑になっており、この郭の北西部に松の巨木があるのだが、残念ながら枯死してしまっていた。ちなみに情報ではこの松の麓に浜田広綱の墓があるそうだが、この時は蜘蛛の巣との格闘に必死で確認していない。
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主郭腰郭の紫陽花 |
主郭の腰郭まで来るとそこには紫陽花の群落が広がっており、ちょうど花を咲かせていて綺麗だった。ほとんどがガクアジサイだったため、写真だとボリュームが無いように見えるのが少々難点。
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主郭腰郭のホンアジサイ |
最初はガクアジサイだけかと思っていたが、よく見るとホンアジサイも所々に交じっていた。紫陽花はほぼ規則正しく並んでいるため、恐らく過去にこの地域の人が植えたものなのだろう。
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主郭の米崎八幡神社 |
主郭跡には米崎八幡神社があるが、浜田氏が米ヶ崎城に移る前に居城としていた高田城にも八幡神社があるため、ここも浜田氏が城の守護として勧請した八幡神社が今に続いているものだろう。なお、岬の先端に近い丘の上だが、樹木が茂っているため展望は悪い。
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岬の先端方面の郭 |
岬の先端に向かおうと思ったがこの先は藪化していたため諦めた。先人の写真を見ると画像の場所は綺麗に刈り払われてまるで芝生のようになっており、時の残酷さを感じる。