2018年10月6日土曜日

9月の福井への旅:大野城-後編-(福井県大野市)

2018年9月9日訪城。

前編からの続き。城の麓の散策を終えていよいよ本丸のある亀山へと登る。


亀山登り口にある模擬門
今の亀山には山頂まで舗装道が付いているが、実際に車で登れるわけではないので、観光客は麓に車を置いて登ることになる。そのちょうど登り口にあるのがこの模擬門で、説明は書かれていなかったが、真乗寺に移築された大野城の城門を参考に造ったと思われる。


百間坂の頂上
舗装道は途中から百間坂に行く道に分岐しており、百間坂は九十九折の階段を登る道になっていた。本来はこの百間坂だけが本丸に登る唯一の道で、舗装道は後から山を削って造られた道である。百間坂を登ると画像の場所に着き、再び舗装道と合流する。


本丸表口
麻木櫓があったとされる北の出丸を背にすると、ここがいよいよ本丸の表口で、今に残る石垣がなんとも城らしい光景を醸し出している。ちなみに右奥に見える石垣の上には金森長近の像が立っていた。


本丸と天守閣
本丸は南北に伸びた三角形のようになっており、中央に大きな天守台があってその上に内部が資料館となっている模擬天守閣が建っている。当時の天守閣は独特な造りをしており、二階建てで二階部分にテラスがあるような寺社建築に近い感じだったので、今の他の城を参考にして造った外観とは異なっていた。


天守から城下町を望む
模擬天守の最上階からは城下が良く見え、亀山がほぼ独立丘陵に近いために360度がよく見渡せた。天候が悪い為、低い雨雲がかかっているのが残念だったが、それでも絶景であった。なお、画像の真下に見えるのが二の丸、三の丸跡。奥に広がるのが城下町。


お福池
天守閣から裏側に降りるとちょうどそこには城の生命線である水の手があり、「お福池」と呼ばれていた。ちなみにお福というのは金森長近の正室(奥さん)の名前らしい。


本丸裏口
お福池から武具櫓跡の脇を通って城の南に抜ける場所には城門が設けてあり、これも後から造られた模擬門だが、当時の絵図ではここに棟門が描かれており、大野城の中では最も当時に近い風景かもしれない。


南の出丸の堀切
南にどんどん降りていくとやがて最も南にある出丸にたどり着くが、ちょうどこの場所には堀切が設けてあった。山の形から考えると、北側にも堀切がありそうだったが、残念ながら時間が無かったので確認していない。