2019年3月22日訪城。
片平下館跡の散策後、そこから北東に移動した場所にある鹿島館跡にも立ち寄った。この城跡は歴史的経緯が不明ではあるが、地図や航空写真で見るとこの場所だけが異様な地形になっており、どうしても気になったので自分の目で確認することにした。ちなみに鹿島館の名は鹿島神社(移転して今は無い)がかつてこの場所にあったことに由来するという。
|
城跡遠景 |
周囲は圃場整備された水田地帯で、城跡はまるで島のようにこの中に存在していた。な、すぐそばを県道55号と待池台の工業団地を繋ぐ市道が通っている為、水田地帯にも関わらず交通量が多かった。
|
城跡近景 |
丘の上は近くて見ると2~3段の構造になっており、周囲には堀跡と見られる窪地や水路も確認出来た。過去の航空写真等を見ると北東部に向かって展開する梯郭式に近い形の城跡だったようだ。
|
主郭跡 |
丘の西側が最も高い為、ここが主郭だと思われるが、現在はここも水田となって遺構は確認できない状態だった。左側に土塁のようなものが見えるが、これは水路の堤でわざわざポンプを使って水を丘の上に揚げる仕組みのようだった。ハッキリ言ってそこまでして小さな丘の上を水田にする必要があったのだろうかという疑問が残る。
|
二の曲輪跡 |
主郭の東側の一段低い場所が二の曲輪跡で、ここも同様に水田になっており、主郭から水を落として使用しているようだ。ここも主郭同様に遺構は確認出来ず、曲輪跡だったということが判るだけであった。