2019年6月1日土曜日

年初の京都奈良の旅:多聞城(奈良県奈良市)

2019年1月14日訪城。

奈良に戻って3日目の朝。以前から一度行きたかった多聞城跡へと出かけた。多聞城は戦国時代の梟雄として名高い松永久秀の居城で、全国の城で見られる多聞櫓はこの城で初めて建てられた櫓とされる。

多聞城跡の説明板
城跡は住宅地を抜けた先の小高い丘にあり、今は若草中学校が建っている。その校門のあたりに城の説明板があった。

多聞城跡の石碑
城址碑も校門近くの階段の下に建っていたが、これより上は恐らく学校施設しかないように見えた。


墓石や五輪塔など
校門近くには五輪の塔や墓石のようなものが集められていたが、城跡を発掘した際に出て来たものらしい。


堀切跡
校門より先には学校施設しかないため、来た道を戻り住宅地を東に迂回すると丘に堀切が設けられているのが確認出来た。


東の曲輪跡
堀切から東の丘に登るとそこは大部分が校庭のようだったが、縁の方には住宅地もあったので学校の敷地なのはフェンスより内側の方のようだ。なお、城跡の名残のようなものは確認できなかった。


聖武天皇陵
なお、東の曲輪とは逆の西側の丘は聖武天皇の陵墓や仁正皇太后の陵墓になっており、立ち入りが制限されていた。位置的に見てこの辺りも松永久秀の時代には曲輪だっと思われるが、当時はいったいどうゆう城だったのか興味が尽きない。