2020年2月1日訪城。
白岩氏は1590年に山城の白岩城を破却して城下町と同じ段丘上の平城に居城を移したとされるが、城下町と城を隔てる大規模な空堀の存在から見て、恐らく元々段丘の西が城下町、東が根小屋のエリアだったと思われる。
|
大空堀
|
城下町と平城は南北約700mほどの長さの空堀によって隔てられており、幅はだいたい50~80mほどある。当初は沢を加工したものかと思ったが、地形を見て周るとここに南北に沢が出来るのは不自然で、人為的に掘った空堀が雨水で更に削られた跡だと思われる。
|
城口稲荷神社鳥居
|
大空堀東側に接する段丘上やや北寄りの場所に白岩氏の平城跡があり、こちらは今は城口稲荷神社が鎮座している為わかりやすい。城口稲荷神社は名前から言って、元は門脇あたりに鎮座していた城の守護神だろう。居館跡がそのまま神社の境内になっているなら、鳥居のある位置が門跡なのかもしれない。
|
城口稲荷神社
|
城口稲荷神社は小さな御社で、覆堂は近代に造られたものだろう。中身は確認できなかったが、もしかすると当時のままかもしれない。
|
居館跡中枢?
|
神社の境内はほぼ方形の雑木林になっており、恐らく境内全域が居館跡のあった場所ではないだろうかと思われる。一応、土塁の痕跡もあるが、崩されたのか全体的に不鮮明である。